2012年3月16日金曜日

ツイッターに投稿中のコラム.1


ツイッターに投稿中のコラム.1

あなたにとって見とれるものとはなんですか?

なぜ、それにあなたは見とれるのでしょう?その理由は思いつきますか?
もし、あなたの作品が見とれるほどの洗練されたものになったとき、それには
どのような要素が組み込まれていると想像できますか?上手に質問し、それを
自分に問いかけてみましょう。

自分を守るために建てた壁や城は、やがてそれが自分で乗り越えなければ
ならない壁へと変化します。高ければ高いほど、強固であれば強固なほどに、
障害となって立ちはだかるでしょう。いちばん良いのは、最初から壁を低くして
おくか、作らないこと。それができる自分になっておくと良いでしょう。
素晴らしい「道具」は、素晴らしい使い手と共に有るものだ。

災いの種となるものは始めから撒かない。
そのためによく考えるという行為が、「吟味する」ということです。

ひとつひとつの言葉を、表面的な意識だけで使うのではなく、よくよく意味を
追求してみるといいですよ。作品の魅力とは?美しさとは?繊細さとは?一体、
なんなんでしょうか、と。その言葉の背後にはとてつもない意味が潜んでいます。
ぜひぜひ、よく見て、よく考え、日々探究してみてください。

伝統的な手法には知恵が備わっていると言われますが、さて、知恵とはなんでしょう。
知恵は、いつ蓄積され、使われ、駆使されてきたものでしょうか。また過去の選択、
受けた教育、生き方、伝統により姿は左右されますが、その本質の知恵とは
なんでしょうか。そこには何の要素が見て取れますでしょうか?

本物に触れること、本物とはなんなのか知ること、いかにして本物になりうるの
かと探究することが、大事です。

なぜ、みなさんは表現したがるのですか?
その動機はなんでしょうか?はじめて作品を作ろうと決めたとき、一体、なにを
想われてそれに取りかかったのですか?その気持ちを覚えていますか?新たな
自分の才能発掘のためですか?自分の成果を、人に誉められたいからですか?
それとも人に認められたいから?よく思い出してみてください。

 そもそも、表現とはなんでしょう?なぜ人は暮らすことだけでは事足りず、なに
かしらの道具を使い、表現したくなるのか?それは、何かイメージするものがあり、
それを頭の中だけに留めておくだけでは満足できない、気が済まない、それを周囲の
人に知ってほしい、伝えたい、という動機がないでしょうか?


表現したいことはさまざまで、自信のある技法から、それに応用できる、絵画なり
造形なりのジャンルを選択し、それにおけるスキルをそれぞれの生活のなかで
得とくしていきますが、最初の気持ちや願いは、大概、忘れるか、感動が薄れ、
それに向ける情熱も弱火となります。それが悪いわけではなく、人間性質上、
時間と共に薄れてしまうものです。

しかし、最初の動機とは、たいへん情熱的なものです。
内容はなんであれ、感動し、動き出すほどのものでしたでしょう。
それは、美しいものですか?それとも破壊的な衝動でしたか?なぜそのとき、
そんなにも、パワーを受けのでしょう?それを今一度、思い出してみてください。

作品の完成度における、美しさを表現したいのであれば、それはアート作品に
なりうるでしょう。芸術とは、美しさを追究し作品に込めることだと私は考え
ています。美しくない芸術作品は、何らかの衝撃的な威力がある作品だと
考えています。

みなさんは、作品を通して表現したいのですか?それとも芸術作品を作りたいの
ですか?それらは、まったく違うものですから、ご自身はどうお考えか、今一度、
最初の動機をよくよく分析されてくださいね。
新たな可能性と、新たな自己発見を願って。


※この記事のコピー、転写、引用を禁じます。



0 件のコメント:

コメントを投稿