2012年5月21日月曜日

なぜ、アートアートと皆連呼するの?

こんばんわ。
Art Junction な皆さま。

最近、知人にある本をお借りしました。
題名は「ビートたけし、村上隆 ツーアート」
という本で、結局、アートってなんだろうね?という二人の個人的な思想話です。本の価格くらいは知識が得られるもので悪くはないですよ。個人的にはビートたけしさんは好きなので、彼の話ばかり読んでました。

わたしの周りの活動者でもそうですが、なぜアートアートと連呼するのかなって、よく思います。
アートが何であるか、なんて古代から問われてるもので、それを現在同じように、その人がわざわざ時間をかけて求めるのは果たして有意義なものだろうか?と私は思ってしまいますゆえ。

本質的な話で、アートがなんであるかと誰にも定義できないのは、それ自体が限界のないほど多様性に飛んだ豊かな性質であり、その発生源は人の内面を越えたとこれからくるものだからだろうね、と見ています。

魂、精神、心、理性、脳思想、あらゆる人の内面性がまざりあったものを、定義するなんて現在の我々ではムリですし(それは悟りの世界からできるもの)、それらは一秒たりとも止まらず、常に常に変化し続けますからね。

それを全世界のアーティストの人口分、抱え込んで、何千年も飯を食わせて続けてるのが「アートとはなんだ?」という通過儀礼的な問いかけですから、その概念は、時間、空間、エネルギーを越えた凄いものだよね、と深く思います。

もしかりにアートを定義してくださいと言われたら、その本質を私は「Life」と答えるでしょうね。lifeがないと、向こうの世界から地球に現れられることが出来ないからね。

よく凄いアーティストは凄いオーラを感じるなんて言われますが、そんなものは当たり前だと思います。彼らは作品作りに全身と全霊を使い、何度も自分の限界を突破し、また器を広げてきた者たちです。逆に人名だけが先行し、オーラが感じない人は、自分の脳内の先入観に踊らされているか、アーティストでなくなった者か、ペテン師だと言えるでしょうね。

やっぱり、作品における一番正しい見方は、自分の肌で感じること、これに尽きます。まわりの人の評価は受け流し、自分の基準でその作品を楽しむこと、これだと思います。
どんなに素晴らしいといわれるものでも相性が悪いものは必ずあります。理詰めで説明されても、自分には素晴らしくないだけのモノ。それなら気にせず、新たな楽しめる作品を求めるほうが有意義かと思われます。

うちの参加者さんにいたかどうかは知りませんが、アートアートと連呼し、答えを探し迷走してる人は、あまり見かけたことがありません。
そんなことより、自分の作品だけを追い求めてください、と常に言ってますから、長くは居られないのかもしれませんね。

まがいなりにもアートイベントを数年間主催してますが、すべて自分の基準で運営しています。参加者の若手アーティストさんも、自分の基準だらけな人が増えてきたら、それはそれで楽しいのではないかな?と良く思います。
自分の基準で生きなきゃ、一体、誰の人生だ?と思いますものね(笑

世の中には色んな人が居て、もちろんアートを通過儀礼的ではなく、人生をかけて問う人もかなり必要ですが、私はやっぱり自分基準で生きてる人と一緒にいるのが楽しいかな。とりあえず見て見てって色んな人に紹介したくなりますものね。

以上
Art Junction 実行委員会
代表 小川志乃でした。

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